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何よりも快感・快楽を追い求めた行き着く先は?

 今いるところに、とても興味深い本があったので紹介しておきます。

3.11後の世界の心の守り方
小池 龍之介
ディスカヴァー・トゥエンティワン
売り上げランキング: 84,258

 ここ数年、書店でよく見かけるようになった東大卒の単立寺院僧侶、小池龍之介氏の本です。もともとは浄土真宗の方だったんですが、東南アジアを中心に発展した上座部仏教系の瞑想に傾倒したとかなんだかんだで浄土真宗を追い出されたそうですけど……そのあたりの話は今回は関係ないので止めておきます(笑)

 それはそうと、この本の何が興味深かったのか?

 彼が分析した311震災後の人々の心理状態に自分が全く当てはまってないからであり、と同時に、震災前と後を比較し、震災によってむしろ改善するきっかけをつかめたのではないかと指摘する日本人の問題が、まさにこの自分にドンピシャリの問題だからです。
 多くの日本人は震災によって改善の方向に行くと彼は分析、だが自分は逆の方向に歩みだしてしまった。そして、ドツボにはまっています。

 簡単にまとめてみましょう。

 彼は「快感イコール幸福であるということが思い込みだ」と指摘します。近代社会は快感・快楽を増幅することが幸福に繋がる道と信じ、利便性の追求を掲げて社会を発展させてきた。その結果、脳内ドーパミンが絶え間なく分泌され、日本人の脳はどんどんとドーパミン中毒になっていった。
 かたや昔の人は、たまにドーパミンが分泌されることがあっても、日々の単調な生活に戻ることでその効果は薄れ、中毒になることはなかった。その結果心の安定を得ることができていた。現代は逆で、常にドーパミンが分泌されることにより、それが無い状態が異常となってしまっている。常に快感を求め、ドーパミンを分泌しなければ耐えられない、麻薬中毒患者状態になってしまっている。欲しいものはすぐに手に入らないと我慢ができなくなる。常に自分が話題の中心でないとイライラしてしまう……

 かつての社会でも、人から褒められる、社会的賞賛を得るというのは実際の生活に利益をもたらすものだった。だからこそ人は社会的承認を得ようとがんばりドーパミンの分泌を快いものと感じたわけだが、これが現代ではバーチャルなもので代替されるようになってしまっている。
 mixiやフェイスブック、ツイッターで、常に注目され、意見を交換し、リツイートやコメントをもらう。だがネットのそういう関わりは所詮バーチャルなもので、実際の利益を生み出すものではない。
 しかし脳にはその区別がつかず、どちらでもドーパミンを分泌してしまう。より容易な、バーチャルなもので快感を得ることに慣れてしまい中毒化し、どんどんとドツボにはまっていってるのが現代人だ。


 震災は東北の人から強制的にものを奪い、シンプルな生活へと追いやった。だが逆に被災地以外に住む普通の人は、原発事故や電力不足など、ますますいろんな情報に振り回されるようになった。

 もしかしたら被災地の人のほうが、より本当のシンプルな、ドーパミンに振り回されない本当の幸福に近づけているのではないか。

 それは、自粛というムードの中にも見出すことができる。自粛は良くないというイメージで捉えられがちだが、自粛して行わなくても構わないことというのは、本来、生きていく上で不必要な行為だったといえるのではないだろうか。そのことに気づき、快楽、利便性などを追い求めドーパミン中毒になることを止める、そのきっかけに今回の震災は役立つのではないか。
 被災地の映像を見て、慈悲の心、優しさを発揮し、彼らのために何とかしなければいけないと思うようになっtその心を、再び快楽に振り回される心にしないように努力する、維持する、それが大事なのだ。

 人はいつ死ぬかわからないことを震災で痛感し、どれだけの無駄がこの社会にあったかを理解する。電力も従来量を維持するのではなく、過剰な利便性や快楽を追い求め脳をドーパミン中毒にしていたものを削ることで恒常的に減らすことを考えなければならない。その結果GNPが世界第十位になろうが、別に構わないでないか。

 今こそ真の幸福とは何かを考えるべき時なのだ。それは快楽を追い求めるドーパミンによる中毒ではなく、単調な日々の中で得られるものなのである。

 だいたいこんな感じの内容でしょうか。

 ここで己を振り返ると……震災の際に何を考えたか?
 たしかに人はすぐに、あっけなく死んでしまうというところに思い至ったのは同じでした。そこで生きるのに必要な物は多くないとか、快楽を追い求めることは無意味だ……などとは全く思わなかった。むしろ逆でした。
 すぐに死んでしまう。いつ死ぬか、明日かもしれない。であればこそ、今日この一日をつまらないやりたくもない労働でなど潰したくない。快楽を最大化しなければいけない。そう思ってしまったのです。
 被災地に心を寄せる余裕なんか無かった。ボランティアなど露とも思いませんでした。ともかく自分が何よりも大事であり、他人のことなど知ったことじゃない、そう思ってしまった。
 震災で日本人の優しさが……絆が……そういうものとは真逆の方向に突き進んだのが、この己でした。

 早速仕事を辞め、身辺整理してから海外に飛び出しました。

 だけどねぇ。快楽を最大化しなければ人生もったいないといっても、金が無い。この重大事に直面するのに、時間はかかりませんでした。金がないので、できることといえば宿にある本を読むか、ネットをするかです。
 以前はネット代は高く、1時間で1食分ぐらいにはなりました。だからネットをするのは数日に一回、ネットカフェまで足を運んでするものでした。ところがいまやどの宿でもほぼ確実に無料のwifiがある。
 その結果、本を読むよりただただひたすらにネットで時間を潰すようになった。これが今の自分です。

 先日の「売春って結局暇つぶし?」という主旨の記事を上げましたが、コメント欄で「今はネットがあるからOKでしょう」という書き込みをいただきました。
 確かにそう。暇は潰れます。でも……

 ここで今回の本での指摘があります。ネットで、たとえばこうしてブログを書く。コメントや拍手をいただく。これを脳は現実社会における賞賛と同様に判断し、ドーパミンを出す。この快感にドンドンとはまっていきます。
 ですがブログの拍手なんてものと、働いて上司やお得意先から得られる評価が同じわけが無いのです。脳内は同じと判断してるかもしれませんが、働いてれば給与やボーナスというリアルなものが得られますが、ネットはそうじゃないんですよね。
 ツイッターで言えば、何件リツイートされたか、フォロワーが何人いるか、そういうことでしょうか。
 もちろん中にはアフィリエイトや、安藤美冬氏のようにSNSを効果的に活用することで仕事を得て、リアルな評価につながってる人もいるでしょう。しかし自分はとてもそんなレベルまでは行かない。
 だけど、脳はそうは思わない。したがってちょっとしたアフィリエイトで数百円しか儲からないネットをし、将来の不安を先送りにすることに時間を費やす。それでもドーパミンは分泌されてしまうのだから構わないわけです。

 最近など、iPadでクイズゲームにハマる始末。あのphaさんがフレンドで、毎日ひたすらクイズばかりやってます。いくらやったって1円にもならないけど、これが面白いんですよね。他の人に比べて段位が上がったり先の面に進むと、まるで何かやり遂げたかのような達成感があります。
 まさに脳内ドーパミンの奴隷ですよ。

 なぜ自分が、他の多くの方のように被災地に心を寄せたり、過剰な快楽など生活に必要ないと思わず、逆の方向に突き進んでしまったのか。原因はよくわかりません。もともと1000万円ためたら外こもりと考えていたので、そういう方向性が出ただけかもしれませんが、ボランティアに突き進む道もあったはずなんですよね。実際、多くのバックパッカー経験者が被災地に駆けつけたわけですし。
 ですが、快楽追求の方向に突き進んだらどうなるかというシステムの問題点については、この本でよくわかったように思います。実際ここ数カ月の記事を読んでいただければ、まさにそういう問題に振り回されてる感じが、自分でもよくわかります。

 じゃあどうするんだと考えても、よくはわからない。労働の意義に目覚めることが最も典型的で、誰もが認めてくれる解決策なんでしょうね。この本にも反復労働、農作業に従事する人を増やすのが精神衛生に良いなんてことも書かれてますから。
 そこにハマりきれば確かに幸せになれるかもしれないけど、常軌を逸した労働嫌悪感がそうそう拭えるわけでもないですし。その努力をせよと言う人もいるかもしれませんけどね。

 小池龍之介氏の本を、最近は海外の滞在先でもたまに見かけるようになりました。いくつか有名なものを紹介しておきます。



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コメント

No title

>少し知りましたけど、人生が良くなった感じはあまりないですね。ん?外こもりで来てるのは幸せなことだから、いい方向なのかな?

仏陀の教えを知るとは頭だけの理解ではなく、実践できることが大切です。欲望が苦という実感が伴わなければ、仏陀が本当に言おうとしていることを知っている状態ではありません。ただ、聞いたことがあるだけです。自分の心の動きを知り、実際に仏陀の言っている通りで欲望は苦だから満たすのをやめようと思うことが知ることです。初めは欲望の一部だけでも十分です。

>やってみたいところですけどお金がありませんからね。 この社会では、お金がない人は死ぬまで他人を羨んで、結局欲望を追求することすら出来ず生涯を終えることになるのかもしれません。

そうです。欲望を満たすにはお金が要ります。すなわち欲望を満たすには働くしかないのです。欲望を満たすことは働くことを強制されることなのです。我慢して働けば、日本人なら数百万なら貯金できるはず。数百万あれば贅沢三昧は無理でも1つの欲望はなくなります。1年超の超貧乏旅行なら100万でも可能かと。

お金を貰う方法があると思うかも知れませんが、これはあげたことがある人だけに起こります。前世以前に莫大なお金を誰かにあげた人はその人から莫大なお金を貰うのです。楽に稼ぐ方法が得られる人は、前世以前に搾取されていたので、今世では搾取側になっているのです。

結局はお金を得るには労働しかありえません。来世でお金を貰いたい、楽に稼ぎたいと思うなら、今世で多額の寄付したり、搾取され割に悪い仕事をすると良いです。貰いたいなら、あげないと駄目なのです。

Re: No title

> 最後に残る欲望や生きがいは、自分の心の観察と幸せの研究です。奥深くて難しいですが、少し知るだけでも人生が良くなっていくので実践する価値があり面白いものです。瞑想ではただ観察するように言われますが、まずは嫌悪や愚痴、怒りなどのマイナス感情を持った時にすぐにプラス感情にすることを続けてみて下さい。

少し知りましたけど、人生が良くなった感じはあまりないですね。ん?外こもりで来てるのは幸せなことだから、いい方向なのかな?

> 仏陀も欲望まみれの生活を送ることによって、欲望を満たすことでは幸せになれないことを悟りました。私もやる過ぎ位に色々な欲望を満たしていたから、今は欲から離れることが最大の関心事です。喜びが苦だと実感できるようになるには、欲望を追求し過ぎた経験が必要かも知れません。そうですね、旅も美食も映画も強烈にやるといいと思います。

やってみたいところですけどお金がありませんからね。
この社会では、お金がない人は死ぬまで他人を羨んで、結局欲望を追求することすら出来ず生涯を終えることになるのかもしれません。

> 最後の欲求がなくなると確かに死にます。もう食べたいとか生きていたいという欲望もなくなりますから。幸せそのもので何もしたくない状態ですから。仏陀は生きていたので、多少の願望はある不完全な悟りだったと思われます。100%解脱者は修行で餓死した人達(=心の幸せを手に入れた人達)でしょう。

ブッダは悟りを開いた後そのまま死んじゃおうとしたけど、梵天に説得されて布教を決意したんですよね? それがなければ死んでたでしょう。

No title

最後に残る欲望や生きがいは、自分の心の観察と幸せの研究です。奥深くて難しいですが、少し知るだけでも人生が良くなっていくので実践する価値があり面白いものです。瞑想ではただ観察するように言われますが、まずは嫌悪や愚痴、怒りなどのマイナス感情を持った時にすぐにプラス感情にすることを続けてみて下さい。

喜びに関してもマイナス面に着目して、楽しまずに執着しないことが大切です。でも、これは一般的には不幸でしょうか。せっかく楽しいことが起きているのに興ざめするような思考を自ら思って楽しくなくなるようにするわけですから。楽しいことを捨てると肩の荷が下りて楽になりますが、理解するのは難しいかも知れません。

仏陀も欲望まみれの生活を送ることによって、欲望を満たすことでは幸せになれないことを悟りました。私もやる過ぎ位に色々な欲望を満たしていたから、今は欲から離れることが最大の関心事です。喜びが苦だと実感できるようになるには、欲望を追求し過ぎた経験が必要かも知れません。そうですね、旅も美食も映画も強烈にやるといいと思います。

美食にお金をかけて思いっ切り毎日贅沢三昧しまくるとか、頻繁に有名店へ片道数時間かけて行き数時間待って食べるというのもいいです。欲望に任せて追求することで欲を手放す道もありでしょう。

最後の欲求がなくなると確かに死にます。もう食べたいとか生きていたいという欲望もなくなりますから。幸せそのもので何もしたくない状態ですから。仏陀は生きていたので、多少の願望はある不完全な悟りだったと思われます。100%解脱者は修行で餓死した人達(
=心の幸せを手に入れた人達)でしょう。

Re: No title

> 欲望や嫌悪や苦しみがなくなると同時に楽しみや喜びもほとんどなくなってしまうのは、それこそ生きがいみたいなものもなくなってしまいそうな気がします。

昔読んだ本の話なんですが、仏教の修行を極めてアラカンという境地(ブッダと同じ悟りのレベル)になると、自ら生きようとする意欲が無くなり、ほうっておくとそのまま死んでしまうらしいです。
今でもインドでは、ヒマラヤの奥地で即身成仏して瞑想したまましんでる修行者が数多くいるそうですし。

> 寒い冬の朝にベッドから出る理由は他に見つからないです。
> 暖かいところにいるhin-bpさんが本当に羨ましい。

人間は温かいところで誕生した生物ですし、やはり温かいところのほうが快適ですよ。
勤勉さってのは寒いところで生きるために仕方なく生まれた概念だと思ってます。

> いや、これも良い修行になったと考えます…。

私はもはや、そうは考えられ無くなってしまいました。辛いものは辛い、ともかくできるだけ避けたい。それだけの人生です。

Re: No title

> 自分もhin-bpさんと価値観が似ているのと思うのですが、働きたくないという欲望以外にも以下のような欲望があります。
>
> ・主に海外旅行などで新しいものを見たり聞いたり体験したりしたい。
> ・ゲストハウスのようなゆるい人間関係で人とつながっていたい。
> ・インターネットなどで情報に触れていたい。
> ・好きなだけ寝ていたい。
> ・たまには好きなものやうまいものを食べたい。

同感。いいですね、こういうの。

> 欲を捨てることで迷いがなくなり精神的に楽になるのかもしれませんが、幸せだと実感できる気はしないです。
> 欲望を満たすことを止めるのが仏陀の教えなら、実践できる人は本当に一握りの人だけでしょうね…。
> 尊敬します。

そう、そう思います。
実際、インドに行くと本当にすごい境地に達してる人に何人もあることが出来る。それは修行者だけでなく、旅行者、現地の人にもいます。
だけど彼らと接するとすごいと思うと同時に、自分には無理だなとも思う。日本で必死に働いてる人を見てすごいと思うけど自分には無理だなと思う。同じようなものかもしれません、

Re: No title

> 働きたくない欲望を満たすだけなら、出家すれば解決します。でも、他の欲望があるから出家ができない。働きたくない願望をかなえられないのは、他の欲望のせいです。働きたくないし、他の欲望を満たしたいでは、最も高い欲望が働きたいとは言えません。働きたくないは、他を捨てて始めて叶えられる欲望です。
>
> 現地食は食べず、味付けされたものを避けるといいです。フルーツや煮た芋、南瓜、豆とご飯がいいです。楽しむために食べないといいですよ。飽きたまま食べる感じでしょうか。楽しくないからあまり食べなくなり健康によく節約もできます。
>
> 与えられた仕事に満足するのもいい選択です。しかし、働かないのはもっと良い選択です。欲望を満たすのをやめて働かずに修行しなさいというのが仏陀の教えの基本です。欲を絶ち出家すれば、労働から解放されます。


うーん。。。なんというか、これを突き詰めたら、自殺したほうが話が早くないですか?
なんのために生きてるんですか?
もちろん、解脱とか悟りのためというのが仏教なんでしょうけどね。

何度か書いたように、私も修行の経験はあります。いろいろ試してみた。でも、どれもダメだった。
その結論は「欲望にほんとうの意味で飽きるほど満足してからでないと、そういう境地になど辿りつけないのではないか」というものです。

前から思ってるんですが、ブッダって王子様じゃないですか。この世の栄耀栄華をすべて満喫し、その上でそのアホらしさに気づいて出家したんですよね?
私のような立場で下手に欲望がダメだ、絶てといって……たとえば出家したとします。でもそうしたら、金があったら出家なんかしなくて済んだのに、もっとあれやこれやもやってみたいと思い悩むに決まってるんですよ。
だって、そういう快楽を極めることの楽しみ、なによりも苦しみを本当のところで実感してないんですから。もしかしたらそういうものは本当に楽しいのかもしれないという妄想から絶対に逃れられないと思います。

だから私は、きっと死ぬまで欲望に振り回され、悩み苦しむんでしょう。仕方ないと思います。仏教で言えば来世があるんだから、いつか欲望を立てる境地に生まれ変われることもあるでしょう。

No title

ラームさん、詳しい説明ありがとうございました。
非常に分かりやすいです。
働かずに穏やかで幸せなシンプルライフを送ることを最優先にする時がきたら是非実践してみたいです。
ただこうなると本当に余生を淡々と消化していく日々という印象を受けます。
欲望や嫌悪や苦しみがなくなると同時に楽しみや喜びもほとんどなくなってしまうのは、それこそ生きがいみたいなものもなくなってしまいそうな気がします。
心をフラットというかニュートラルに保つのも修行の成果だとしたら当然でしょうか。
でも個人的にはやはり欲望や嫌悪に振り回されても感動や喜びがある人生が良いかなと思います。
旅もグルメも映画も大好きなので、それが無駄に思えてくるとしたらちょっと悲しいかなと思ってしまいました。すみません。
ただ、これまでは人を羨んだり、現状を嘆いたり、マイナス感情を抱くことが多かったので、そこから離れて、修行になったと考えてみようと思います。
今は少しまとまったお金を貯めて、早くリタイアして放浪したい。
寒い冬の朝にベッドから出る理由は他に見つからないです。
暖かいところにいるhin-bpさんが本当に羨ましい。
いや、これも良い修行になったと考えます…。

No title

欲望が満たされて感じる幸せは喜びですが、喜びも苦であると仏陀は説いてます。

理由1.喜びに執着し、欲望が強まり、再び求めて苦しくなるから。
理由2.喜びを感じるのは、苦しみから解放されるからであって、苦しみがなければ喜びがないから。
食欲に囚われている人にとっては、そこから解放してくれる食事は喜びです。でも、満腹状態での食事は苦です。煙草も吸いたいという苦しみがあって、吸った時に喜びを感じます。吸わない人には迷惑な煙です。しかも、執着している時間は長いのに、喜びは一瞬だけです。だから、喜びを求めると人生が苦しみばかりなります。

人によって好き嫌いもあり、外部のものには幸せはありません。あくまでも自分の欲望に振り回されなくなるのが喜びの原理です。このように人間の心を分析した結果、最初から欲望に振り回されなければ、ずっと幸せというのが仏教の考え方です。欲を捨てることはできませんが、振り回されないことが大切です。完全なる実践は非常に難しいです。しかし、ある程度はできるようになります。そうすれば人生はより過ごし易くなります。

練習方法は欲望や嫌悪から離れるようにします。欲望を刺激する情報や人付き合いを避けます。美味しいものに囲まれた生活ではなかなか実践できませんが、なるべく美味しい食事を見ない生活なら実践し易くなります。お寺や森に入るのが一番ですが、商店街やコンビニなどを避けるようにするだけでも良いです。

次に、欲望に妥協させます。食欲なら1日1食だけ食べ、あとは飲むだけが理想です。ストレスなら果物は可とします。それでも駄目なら1日2食でもいいです。欲望を押さえるのではなく、常に相談しながら仲良く妥協案で納得するのを練習します。我慢過ぎると続けられず、不幸になり欲望が暴走し易くなるので無理はしません。

刺激物から離れて欲望に妥協させ続けると、欲望は弱まって取り扱い易くなります。嫌悪についても同様の練習をします。すると、常に自分の気持ちが健やかになる方向に自分の気持ちを持っていきやすくなります。

そこで、いよいよ自分の気持ちを常に健やかに保つ練習をします。例えば、お金が足りなくて美味しいものが食べれなかったとしましょう。そこで、自分が食べられなくて最悪と思うと、マイナス感情を抱くことで不幸です。逆に、良い修行になって良かったと思えば、心は健やかで良い気分となります。最もいいのはただ、心を観察して、感情を動かさないことです。

このように欲望と嫌悪を振り回されず、そこから離れて考えることを常に実践するのが修行です。練習することで、どのような状況でも気持ちを健やかに保てるようになり、ずっと幸せな状態でいられます。

私もまだまだ出来ないことだらけですが、以前と比較したら比べものにならない位に健やかで幸せです。嫌悪も弱くなりました。でも、楽しみや喜びもほとんどないです。昔とても好きだったグルメも映画も旅行も今はただの無駄にしか思えません。最も興味があるのが心身の健康ですが、それには欲望回避が不可欠です。

ただ、誤解して欲しくないのは現実逃避のプラス思考ではありません。現実を良くすることも推奨されています。また、欲望に捉われるのが不幸なのであって、欲望や対象物は中立です。執着しなければ楽しんでもいいです。

修行というと大変そうですが、自分の気持ちを健やかにする練習をしているだけです。是非、実践して下さい。例えば、タイに居て働かずに暮らせるのは幸せな状態です。人生が終わったのではなく始まりです。一番良いのはただ観察することですが初めはプラス感情に保つ努力を薦めます。続ければ、人生を過ごし易くなります。

No title

ラームさんの話はすごく分かりやすいですね。
修行した人の言葉を聴く機会はあまりないので新鮮です。
自分もhin-bpさんと価値観が似ているのと思うのですが、働きたくないという欲望以外にも以下のような欲望があります。

・主に海外旅行などで新しいものを見たり聞いたり体験したりしたい。
・ゲストハウスのようなゆるい人間関係で人とつながっていたい。
・インターネットなどで情報に触れていたい。
・好きなだけ寝ていたい。
・たまには好きなものやうまいものを食べたい。

労働から解放されるために、上記の欲求すべてを捨てるのはちょっと難しそうです。
なぜならこれらの欲望が満たされる時がたまにあって、その時に幸せとかとか楽しさを感じるからです。
欲を捨てることで迷いがなくなり精神的に楽になるのかもしれませんが、幸せだと実感できる気はしないです。
欲望を満たすことを止めるのが仏陀の教えなら、実践できる人は本当に一握りの人だけでしょうね…。
尊敬します。

No title

働きたくない欲望を満たすだけなら、出家すれば解決します。でも、他の欲望があるから出家ができない。働きたくない願望をかなえられないのは、他の欲望のせいです。働きたくないし、他の欲望を満たしたいでは、最も高い欲望が働きたいとは言えません。働きたくないは、他を捨てて始めて叶えられる欲望です。

現地食は食べず、味付けされたものを避けるといいです。フルーツや煮た芋、南瓜、豆とご飯がいいです。楽しむために食べないといいですよ。飽きたまま食べる感じでしょうか。楽しくないからあまり食べなくなり健康によく節約もできます。

与えられた仕事に満足するのもいい選択です。しかし、働かないのはもっと良い選択です。欲望を満たすのをやめて働かずに修行しなさいというのが仏陀の教えの基本です。欲を絶ち出家すれば、労働から解放されます。

Re: No title

> 修行と言うと瞑想をイメージされるかも知れませんが、実生活において、心をただ観察して、心に振り回されないようにすることも立派な修行です。
> 欲望に支配されず、感謝はするが決して振り回されない状態が理想の姿です。欲望は満たせば、また次もという風になり、きりがありません。また、欲望のせいで我々は働かなけばなりません。

うーん……私の場合「働きたくない、働かずに生きていきたい」というのが最大の欲望ですから、この欲望に支配されずに生きるとはすなわち、「不満を感じることなく日々労働できることに感謝し黙々と働く」ということになりそうです。
このブログの存在意義自体なくなっちゃいますねw

> 日本食を食べるのは幸せではなく、自分を強制的に働かせる元凶であると考えてください。高い物を選ぶとお金が必要となり、働く必要が出てくるわけです。与えられたものだけで満足するなら、働かなくて済みます。元凶は労働ではなく、欲望に振り回されている自分ということです。

現地食って最初はおいしいですけど、それを食べ続けると終いには吐き気してきて食べられなくなりませんか?
与えられたものだけで満足するという思想は、見方を変えればやはり「与えられた仕事に満足し働く」ということになるはず。働かなくて済む……という話ではなくなるような。

> タイ人は見た目だけ敬虔ですが、実際に仏陀の教えである、欲望を満たさず、現状で満足しろという教えには従っている人が非常に少ないです。バンコクではお寺でも、物質主義ですから。精神主義を求めるなら、田舎のお寺に行く必要があります。

そりゃ困ったもんですね。田舎なんてますます情報無いですよ。

No title

修行と言うと瞑想をイメージされるかも知れませんが、実生活において、心をただ観察して、心に振り回されないようにすることも立派な修行です。

欲望に支配されず、感謝はするが決して振り回されない状態が理想の姿です。欲望は満たせば、また次もという風になり、きりがありません。また、欲望のせいで我々は働かなけばなりません。

日本食を食べるのは幸せではなく、自分を強制的に働かせる元凶であると考えてください。高い物を選ぶとお金が必要となり、働く必要が出てくるわけです。与えられたものだけで満足するなら、働かなくて済みます。元凶は労働ではなく、欲望に振り回されている自分ということです。

タイ人は見た目だけ敬虔ですが、実際に仏陀の教えである、欲望を満たさず、現状で満足しろという教えには従っている人が非常に少ないです。バンコクではお寺でも、物質主義ですから。精神主義を求めるなら、田舎のお寺に行く必要があります。

Re: No title

> ワットタンマカーイでも初心者なら構いません。カルトと言っても危険ではありません。ただ、お金集めが好きなだけです。教えを守っていない部分もありますが、凡人の生活から比べればずっとマシです。

あはは、なるほど。たしかにお金は宗教でも大事でしょうからね。

> 短期的に修行するだけなら、ワットポーの近くのワットマハータートをオススメします。英語が話せるスタッフがいて、外人もよく参加しています。

名前は聞いたことがありますね。

> 成果は簡単には出ませんが、継続していけば出ますよ。数年単位だと思ってください。1週間修行した位ではすぐに戻ってしまいます。

数年単位……それだけ継続的に修行(瞑想?)出来る人なら、働くことも苦ではないでしょう。
中には、働くのは無理だったけど修行は出来るという人もいるかもしれませんが。
ですが、先のレスでも書きましたが、ヨガもヴィパッサナー瞑想も飽きて放り出した人間です。
他にもいろいろ試しましたが、全部放り出してますね。
結局はこの性格が働くことも困難にしてるわけですが。
それなのに今回だけ数年も続けられるとは……ちょっと思えないです。

> タイ人の多くは、全然仏教の本質には興味がなく、親戚や両親がやっているのを真似しているだけです。でも、菜食週間があったり、お酒が悪いという意識のある人は多いですよ。教養のない人は仏教の教えは僧侶だけが従えば良いと思っていますから、俗ぽいんでしょう。

そんなもんなんですねー。外国人としてはたから見てると、経験な仏教徒が多いように思ってましたが

> ポイントサイトでもアンケートサイトでも、1社当たりは月100円程度です。しかし、30サイトに登録すれば3000円になります。また、資料請求、無料会員登録、カード作成などをすればもっと稼ぐことも可能です。
> ライターといってもブログライターと思ってください。本当のライターはなかなかなれません。単価は低く1記事平均100円以下ですが、誰でもできる仕事です。ブログが書ける人なら問題なくできると思います。平均100円でも100記事やれば月1万です。月100件は1日3記事ですから、30分でも可能です。詳細は下のサイトを参考にしてみてください。
> http://www.blogrepo.net/

なんだか、働いたほうがマシだというぐらいマメな能力が必要とされそうな気がしてきました……。
暇な時間に試してみようと思います。

おそらく、こういうことすら億劫になったら、つまり、そこまでして生きるのすら面倒になったら、もう死ぬしかないんだろうなぁ……

No title

ワットタンマカーイでも初心者なら構いません。カルトと言っても危険ではありません。ただ、お金集めが好きなだけです。教えを守っていない部分もありますが、凡人の生活から比べればずっとマシです。

短期的に修行するだけなら、ワットポーの近くのワットマハータートをオススメします。英語が話せるスタッフがいて、外人もよく参加しています。

成果は簡単には出ませんが、継続していけば出ますよ。数年単位だと思ってください。1週間修行した位ではすぐに戻ってしまいます。

タイ人の多くは、全然仏教の本質には興味がなく、親戚や両親がやっているのを真似しているだけです。でも、菜食週間があったり、お酒が悪いという意識のある人は多いですよ。教養のない人は仏教の教えは僧侶だけが従えば良いと思っていますから、俗ぽいんでしょう。

ポイントサイトでもアンケートサイトでも、1社当たりは月100円程度です。しかし、30サイトに登録すれば3000円になります。また、資料請求、無料会員登録、カード作成などをすればもっと稼ぐことも可能です。

ライターといってもブログライターと思ってください。本当のライターはなかなかなれません。単価は低く1記事平均100円以下ですが、誰でもできる仕事です。ブログが書ける人なら問題なくできると思います。平均100円でも100記事やれば月1万です。月100件は1日3記事ですから、30分でも可能です。詳細は下のサイトを参考にしてみてください。
http://www.blogrepo.net/

Re: No title

> 幸せは欲求に流されなくなることです。タイ人は短期間、お寺で修行する習慣があり、日本人でも受け入れてくれるお寺もあります。無料の場合も多く、宿代と食費の節約にもなるので行ってみてはどうですか。

ちなみにどちらのお寺でしょう?
ネットで探した所、タンマガーイというところが外国人修行者を熱心に受け入れているそうですが、ここはカルトという話を以前聞きました。
まともなところがあればお教えください。

> 私は修行したおかげで、月に5000バーツ位で暮らせるようになりました。ビザ代は含んでいませんが、月に1万円ちょっとでの暮らしも可能です。酒や日本食などは一切食べません。娯楽費もかかりません。

成果が出るのはすごいですね。先日コメントで書きましたが、ヨガもヴィパッサナー瞑想も早々に飽きてしまい身につかなたった私でも大丈夫なんでしょうか?

この手の話を聞く度に思うのは、それなのにタイの普通の人はなんであんなにお酒が好きで、遊ぶのが好きで、贅沢が好きで、ダラダラするのが好きかということです。全然そういう修行が地元に根づいてなく無いですか?

> ネットばかりしているなら、ネットで稼ぐのもいいかも知れません。アフリエイトは数百円にしかならないでしょうが、ポイントサイトとアンケートサイトなら月に数千円、ライティングなら月に1万円以上いけますよ。日に数時間費やせば、生活費を超える収入を得られると思います。

ポイントサイトってcmサイトとかで、cm見る代わりにポイントたまるとかってやつですよね?
なぜあれで数千円も貯まるんですか?
ライティング……ライターになるんでしょうか?
バックパッカーやってると「将来はライターに」「写真家に」というのにたくさん会いますけど、ちゃんとライターを仕事に出来た人などほとんどいませんよ。

No title

幸せは欲求に流されなくなることです。タイ人は短期間、お寺で修行する習慣があり、日本人でも受け入れてくれるお寺もあります。無料の場合も多く、宿代と食費の節約にもなるので行ってみてはどうですか。

私は修行したおかげで、月に5000バーツ位で暮らせるようになりました。ビザ代は含んでいませんが、月に1万円ちょっとでの暮らしも可能です。酒や日本食などは一切食べません。娯楽費もかかりません。

ネットばかりしているなら、ネットで稼ぐのもいいかも知れません。アフリエイトは数百円にしかならないでしょうが、ポイントサイトとアンケートサイトなら月に数千円、ライティングなら月に1万円以上いけますよ。日に数時間費やせば、生活費を超える収入を得られると思います。

Re: No title

> つまり一年で50万円でやっていける感覚。

そう、そのとおりです。そのあたりはこのブログで前から書いてるところです。

> 貯金がものすごい勢いで溜まるそうで、将来日本で就職できなくなっても
> 同じサイクル+年金で何とかなるくらいはあるそうだ。

これは、人生の早いところでこのサイクルを完成させられれば相当に有利ですね。
聞いた話ですが、20代前半にして夏は高原野菜のバイト、冬は外こもりを繰り返そうと決めた人がいます。
若いから体力も十分。毎年同じ農家に継続的に雇われ職場も安定してるし、毎月手取りで150万円は稼げるので、半年を数十万で過ごし、残り百万以上を毎年コンスタントに貯蓄。30代で1000万円、40代で2000万円の貯蓄を達成。もう何も怖くない……そうです。

私の場合、普通に会社員をやって生きていくのは無理だと20代ですでに気づいてた。だけど、それ以外の別の何かの生き方が見つけられるのではないかと受け身に考え続け、結局アラフォーの今に至るも見つけられていない。1000万円貯めて外こもりと考えたけど普通の会社員として働いてしまい、年間100万貯めることも出来なかった。今更高原野菜のバイトをする体力もない……

何かしら人生で花を咲かせるきっかけが来ることを期待せず、若い頃に覚悟を決めて農家なり工場なりで毎年コンスタントに稼ぐ道を選んでいればよかったのかもしれません。

Re: タイトルなし

> 周囲からどう思われようが、既存の価値観に惑わされないように生きていきたいです。

それを貫くには「相当の努力と根性」、もしくは受け流せるだけの「金」、どちらかが必要なんだ思います。

たとえば「働かざるもの食うべからず」というのは日本では既存の価値観になってますが、金があればそれを無視できてしまうんですよね。もしくはいくら罵られたり冷たい視線を浴びせられても毅然と立ち向かえればホームレスになれる。

Re: No title

> ヨガ&ヴィパッサナーがいいとおもうよ。

両方すでに経験済みです。じつはこのブログの最も古い方の記事は、リシケシュでヨガに挑戦した時の旅行記です。

やってる時は楽しいんですけど、飽きてしまって今ではやってません。
ヴィパッサナーも一時期、バックパッカーの間で流行ってて私もやってみました。ヨガ同様その時はなかなか興味深かったんですけど、合宿が終わって日常に戻ったら続けられないんですよね。

結局は、この飽きっぽさが全ての元凶のような気がしてます。

No title

僕の友人でインドで知り合いつくって年間賃貸契約結んでる人がいます。
月$300でも向こうにしたら破格です。
一年の三分の一を日本で自家栽培、日雇い、ネットオークションの仕事で稼ぐ、残りをインドで過ごす、それを繰り返してる。
生活費は月$500あれば十分。
つまり一年で50万円でやっていける感覚。
日本の生活は実家で生活しているから家賃は親に1~2万あげるだけ。
貯金がものすごい勢いで溜まるそうで、将来日本で就職できなくなっても
同じサイクル+年金で何とかなるくらいはあるそうだ。

退屈で凝り固まった僕とは逆の人生、とても羨ましい。
20年前は会社員で1000万超える貯金があって、マンションでも買って適当な女性と結婚して
このまま一生なんとなく過ごすのかな~と思っていた。

しかしこの数年で日本の情勢は一気に変化した。
どう頑張っても這い上がれない変化が社会に確立されてしまった。
学生は就職できず中高年は再就職先がない。不安定なフリーター、失業者で溢れる世の中。

自分はプライベートと勤め先でちょっとハードな出来事があって鬱発症、勢いで会社を辞めた。
3年間引きこもりと放浪を繰り返した。
たぶんまたどこかに行くと思う。日本に居ると後ろ向きな空気が身体にまとわりつく。

まあ、あのまま企業戦士として勤め人を続けてたら、ここで日本的な古臭い精神論をかざして
ガミガミと説教する人間にでもなってたかなw

周囲からどう思われようが、既存の価値観に惑わされないように生きていきたいです。

No title

ヨガ&ヴィパッサナーがいいとおもうよ。

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Author:hin-bp
アラフォーのバックパッカー。働くのが大嫌いという真性怠け者。嫌々働きながらなんとか1000万円貯めてアーリーリタイアをもくろんだものの、貯まる前に震災&原発が来てぷちっとネジが切れ、勢いで仕事辞める。今後はまったく五里霧中。

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